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東京高等裁判所 昭和61年(う)1672号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人Aの弁護人秋山昭八が提出した控訴趣意書、被告人Bの弁護人杉野修平が提出した控訴趣意書、同訂正申立書(二通)のとおりである。

被告人Bの弁護人の論旨第一の一について

論旨は要するに、公正証書原本不実記載の事実について、本件一六億円のうち四億五〇〇〇万円は、新株発行後一か月以内という短期間に株式会社アイデンに回収され、残りも合理的期間内に引受人から貸付金返済の形で回収されることが合意、予定されていたのであるから、本件新株の払込は会社の資本充実の要請に反するものでなく、またこの新株については商法二八〇条の一三第一項によりアイデンの全取締役が引受担保責任を負うため、その発行を無効とすべき理由がないうえ、仮にそうでないとしても、同条の一五第一項所定の訴が提起されておらずその有効性が法律上確定しているので、本件変更登記は実体に符合しており、被告人Bの行為は何ら構成要件に該当するものでないのに、原判決は右法条の解釈を誤り、本件変更登記が実体に符合しない旨判示し、事実を誤認している、というのである。

しかしながら、所論の主張するところを考慮しつつ記録を検討してみても、本件増資にあたり、同被告人らが見せ金による仮装払込をすることを共謀のうえ、払い込まれたアイデンの会社資金一六億円を僅か数日後に流出させた事実は明らかであつて、仮に約一か月後にその三分の一にも満たない金員がアイデンに回収されており、残りも所論のいう合理的期間内に回収される約束があつたとしても、そのことから本件払込の時点で現実にアイデンの営業活動のための資金が獲得されたものとは到底いえない。それゆえ同被告人らの行為は、真実は増資がなされていないのに、必要書類をととのえ、株式引受人による払込が完了し、増資をした旨内容虚偽の登記申請をし、商法上の登記事項である発行済株式の総数について登記簿の原本に不実の記載をさせたものにほかならず、その後において取締役が新株の引受担保責任を負うとか、法定期間内に新株発行無効の訴が提起されなかつたとかは、右不実記載の成否になんら影響を及ぼすものではない。結局、本件増資新株について払込の効力を否定した原判断に誤りはなく、原判決が所論指摘の商法の各法条の解釈を誤つて事実を誤認しているとは認められない。その他この点に関し、所論が原判決の補足説明に事実の誤認や矛盾した認定があると主張するところは、いずれも原判決を正解せず、いたずらにこれを論難するものであり、証拠上も採用するに由ないものである。論旨は理由がない。

同論旨第一の二について

論旨は要するに、各詐欺の事実について、本件増資新株は有効であり、仮に無効としても、商法上取締役による引受担保責任に基づく株式が別個に成立しているので、その株券の市場価格に着目し、これを担保として融資をした本件においては、欺罔行為および錯誤はないのであつて、被告人Bを有罪とした原判決には事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、本件新株の有効無効、右新株につき取締役が引受担保責任を負うか否かを論ずるまでもなく、経営に行き詰つた同被告人らが、確実な返済の見込みもなく、かつ本件新株券が担保価値のないものであるかもしれないことを認識しながらこれを秘し、その株券に担保価値があり、確実に返済できるかのように装つて金員の借入れを申し込み、被害者をそのように誤信させたとの事実は、証拠上優にこれを肯認することができるのであつて、詐欺罪の成立を認めた原判決に事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

被告人Aの弁護人の論旨および同Bの弁護人の論旨第二について

各論旨は、いずれも量刑不当の主張である。

本件は、昭和三九年以来の東京証券取引所第二部上場会社である株式会社アイデンの代表取締役社長であつた被告人A、同会社経理担当の常務取締役であつた被告人Bが、昭和四八年以降右会社の業績が悪化を続け、昭和五八年には三億円近い経常損失を出すにいたり、資産の処分や内部留保の取崩しによつて欠損を埋める一方、街金融から数億円を借り入れて資金繰りをするという窮状となつていたところから、これを打開しようとして、無謀ともいうべき増資計画を立て、これに不審を抱いた証券会社からその取扱いを拒絶され、新株の予約者からも引受辞退の申出が相次いだうえ、計画額の半分にあたる一六億円につき正当な株金払込みは絶望的となるという事態に立ち至つたのに、このことが世間に知られると、会社の倒産は必至となるため、いかなる手段を用いてでも、増資手続が無事完了した外観を作出するほかはないと考え、原判示のとおり、原審相被告人らと共謀して、増資額の半分にあたる一六億円について見せ金による仮装払込の方法をとり、真実増資が完了したかのように虚偽の内容の登記申請をし、商業登記簿に事実に反する記載をさせ、さらに右不正増資によつて発行された株券を担保にして、原審相被告人と共謀のうえ金融業者から借入金の名の下に現金一億円余りをだまし取つたほか、被告人Bが単独で同様二回にわたり合計四億円近い現金や小切手をだまし取つた事案である。

このように、本件は、社会的信用の大きい上場会社の最高幹部である被告人両名らが敢行した大規模な犯行であるが、これによつて商業登記簿に対する公の信用を著しく害し、金融業者を誤信させて巨額の金員を入手したばかりでなく、そのすぐ後にアイデンが倒産したこともあつて、本件増資について真実有効な払込をした出資者、これを信じて取引をした投資家や債権者にも多大の損害を与えており、また本件にかかわる多量の新株券が金融業者らの手により市場で売却されたため、世間の一般投資家にまで損害が及んでいるのであつて、本件一連の犯行が社会に及ぼした影響は極めて大きいものがある。

ところで被告人Aは、アイデンの最高責任者として本件不正増資を最終的に決断し、経理担当重役の同Bらと共に仮装払込による増資を実行し、かつ巨額の現金をだまし取り、会社の立て直しを図つたが、遂に倒産するに至つたもので、このような行為は、会社の経営上いかに切羽詰つた事態にあつたとはいえ、いやしくも上場会社の社長の地位にある者のとるべき方策、手段ではなかつたといわざるを得ない。その結果、上場会社に対する世間の信頼と期待を裏切り、会社制度ないし経済秩序に混乱を招き、社会に大きな衝撃を与えたものであつて、その責任は単に事業の失敗による一私企業経営者の内部的な問題にとどまるものではなく、同被告人の刑事責任はまことに重大である。

また被告人Bは、アイデンの最高幹部の一人として本件不正増資を積極的に推進、実行した中心人物であり、単独あるいは共謀のうえ前記のとおり三回にわたつて巨額の現金や小切手をだまし取つたものであるが、共謀の事件についても重要な役割を果たしているのであつて、その刑事責任の重さは、被告人Aを上回るものというべきである。

したがつて、被告人両名が、本件増資計画の当初から仮装払込を意図的に計画していたものではないこと、詐欺の犯行も、経営が行き詰つたアイデンの資金繰りの必要上犯されたもので個人的な欲望を満たす目的ではなかつたこと、本件により被告人両名とも相当の社会的制裁を受けていること、原判決後の進展を含む被害関係者との示談や弁償の状況、被告人両名とも前科、前歴がなく、反省していること、被告人相互および原審相被告人らとの刑の均衡などについて、所論が指摘するところを斟酌してみても、本件は到底執行猶予を付すべき事案ではなく、被告人両名に対する原判決の各量刑はまことにやむを得ないもので、これが不当に重いとはいえない。各論旨はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 石田穰一 裁判官 田尾勇 阿蘇成人)

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